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2006年9月29日 (金)

自閉症者の困難の一つ、職場の人間関係の話をする事

長いタイトルになってしまったが自閉症由のとある困難について今日はお話したい。職場の同僚の人間関係について話す事だ。

自閉症者は肉眼には決して映らないいわゆる人間関係のあやというのが健常者のように上手く把握する事が出来ないというのをこれまで当ブログでも何度となく触れてきたが、ではそうなると具体的にどういった事が起こるのかをお話しなくてはならない。

例えば同僚の彼氏だの彼女だのといった相手のパーソナルな情報、こういったパーソナルな話は自閉症者はまず相手にされない、何故なら自閉症者は傍から見ると思った事をすぐにしゃべる、善人ではあるけれど稚拙なところがありパーソナルな事は話したくない相手だと我々自閉症者は頻繁に見られる、こういった人の事を最近はうざいと表現するようになったが。

そうなると例えばある同僚が結婚する事になったとする、いわゆるうざい人間ではない健常者はその結婚する同僚のパーソナルな情報を把握する事が出来るので、結婚する前からそれなりの(結婚するほどの)深い関係を持っている事を知っているから結婚を発表する前から既にその同僚が結婚する事を知っている。

ところがそうしたパーソナルな話を知る事が殆ど無い我々自閉症者はそうしたパーソナルな情報は最も遅く耳に入ってくるので「あの同僚結婚するんだね」と仲間に話しても
「そんなのとっくにみんな知っているよ、知らないのはお前だけだよ」と言われてバカにされ、村八分にされてしまう事も少なくない。

最近、我々特例子会社の仕事の請負先の親会社の社員が退職する事になった。最近当ブログで連日触れている残業届の担当の人だ。実はこの親会社の社員の退職の情報を我々の課長は今日まで知らなかったのだ。私がこの退職の事を知ったのは1週間ほど前に本人の口から聞いた。この時の私は前述の通り、私のような社員の下っぱの知っている事は課長だってとっくに把握している、話したって前述のような展開で課長をバカにするかされるかになってしまうという考えが作用し、そのままにしていた。しかし課長は知らなかった。

課長は人を見下す性格では決してなく、これも当ブログで何度となく触れている通りむしろ理解者の一人だ。だから別にすぐに退職の事を伝えても何ら差し触りは無いし、それほどの関係が既に築かれている。それだけの信頼関係が私と課長の間で築かれていたにも関わらずこうした行き違いが生じたのは私の内面に原因があると言わざるを得ない。

つまり未だに私の中で健常者として働いていた頃の自閉症に無理解な世界を生きていた時のトラウマのようなものがあったのではないだろうかと感じている。今の特例子会社へ今年2月に入社して早7ヶ月、仕事にも環境にも慣れてきたつもりだったが、こうした心の奥底の暗闇の問題はまだ解決にはほど遠いという事なのだろうか、来週から始まる母校の専門学校でのホームページ作成講座がその特効薬にはすぐにはならないかもしれないが解決の道筋にはなる事を願いたいものだ。

今日の自閉症者就労支援室での相談でこの件について深く触れたかったが、何分今日起きたばかりの出来事、ブログへもアップする暇が職場から支援室へ向かう移動の車中ぐらいしかなく不十分な相談になってしまった。後日メールで聞くなりして解決策を検討してみるつもりだ。

明日、あさっての週末は残念ながらまたも天気があまり良くないらしい。気持ち良くうさ晴らしとはなかなかいかないものだろうか。

_084 長野電鉄3526形(元営団日比谷線)さよなら木島線号 木島線木島駅にて(現在は廃止) 2002年3月31日撮影

2006年9月28日 (木)

我に帰り柔軟性を身に付ける為には...

昨日は平日にしては珍しく当ブログの更新を休んでしまったがこれは決してだらけていたからではない、どういう風に言葉に起こして説明したらいいのか分からず、いつになく文面の構成に悩んでしまった。その内容とは、自閉症由の仕事における失態があったからだ。失態の内容は早い話が入力ミスだ。

先日お伝えした私の担当している仕事である残業届に関する事なのだが、今までは残業時間の入力のみをやるだけだったがそれに加えて、社長印の押された残業届を各部署へ返送する仕事が新たに加わった事は既にお伝えした。以前はこの返送業務は別の者がやっていたのだがその担当者が人手不足になっている部署の仕事をやる事になった為、この仕事が私に回ってきた。

その返送先の部署は残業届の入っていた封筒に書かれているのだが、連絡の行き違いや私の他の人への確認不足によりどこの部署へ返送するのか入力を怠ってしまった。幸い入力漏れの書類はそんなに多くはなかった為、フォローが効き何とか事なきを得たが根底の深い原因はこのケースでは仕事のやり方の変化にある。

実はこの社長印の押された残業届は封筒に入った状態で私の元に届くのではない、封筒に入った状態で届く残業届は私が今までやってきた入力待ちの残業届にのみ封筒に入れられた状態で私の元にくる。

つまりこの残業届の流れというのは

1.残業する社員が残業届を書き所属長へ提出して所属長の印鑑が押される

2.所属長の印鑑が押された残業届が私が仕事をいただいている親会社の総務へ届き、私がその残業届をもらい入力して再び総務へ返す(この時の残業届にのみ、返送先の部署が書かれた封筒に入った状態で来る)。

3.総務へ返した残業届は社長の元へ送られ、社長印の押された状態で再び総務へ送られ私が再びもらう(この時の残業届は封筒には入っていない、毎回ビニール袋に入った状態で届く)。

4.その社長印の押された残業届を私が返送先毎に仕訳して各部署へ返送して返送データを総務へメールで知らせる、これが大まかではあるが残業届の流れだ。

そして今回のミスの具体的な内容に触れられる訳だが、実はこの返送先の書かれた封筒は以前の入力のみをやっていた時は全く気にする必要がなかった為、入れていた封筒は処分するなり他の事に使ったりしていた。ところが急遽、発送を引き継ぐ事になった為、処分していた頃の残業届が大量にやって来た為困っていた。

そこで相談の上、そうした封筒のない残業届はもう調べようがないから残業届を提出した社員の元へ返送する事で解決して今後来る残業届に関しては、入っている封筒に書かれている部署へ返送するという事にして仕事を進めていた。

ところがである、封筒に書かれた部署へ返送するというのをすっかり忘れて、提出した社員の元へ返送するようにデータ入力をしてしまった!昨日課長の指摘でようやく我に帰り、必死でデータを修正して何とか事なきを得たというわけである。

このミスで見えてくるのは状況に応じた仕事のやり方の変化、これは我々自閉症者にとっては苦手にしている事の一つで、このように状況によってやり方が変わるというのが一つのやり方をなかなか変えられない自閉症者にとってはアキレス腱と言っていいかもしれない。

対策としては今回の場合は、引継ぎの相手ともっと仕事について綿密に相談する事、パソコンのタイマー機能などの道具を活用する事が挙げられる。こうして防ぐ手立ては結構あったのに失態をまねいてしまった事が今となっては悔やまれる。私のように自閉症という未知の障がいを抱えながらも仕事で困っている方は是非参考にして欲しい。

そんな反省ばかりが頭の中を支配しながら帰路につく。こういううやむやを晴らすために今度の週末、どこかへ行こうか。天気が良くなればの話だが。

02_106 ぐるっとさんりくトレイン JR盛岡駅山田線ホームにて 2002年6月30日撮影

2006年9月26日 (火)

制裁の緩和ではなく真相は... 。

またも連日お伝えしている弟のどうにも止まらないニート暴走生活について触れなくてはならない、いやあまりの傍若無人ぶりに触れずにはいられない。

弟に対する完全無視という制裁続けてきた訳だがこの制裁、弟を一方的に甘やかしている親の目の前でやると私は家族全体を敵に回す展開にもなりかねないので完全無視とはいかないが基本的には無視を続けて、私と弟と親が同席する状況下で弟が私に会話を振ってきても弟に目を合わせないように会話をして、会話も極力早めに打ち切るという風にしていこうと思う。本当は完全無視といきたいが徹底的に実行に移してしまうと、私の家での居場所がなくなってしまう。多少辛いが止むを得ない。

そんな昨晩の弟ときたらお袋に無職でいる事を注意されても「就職するための準備中」などと言っている。30歳も過ぎているというのにまだこんなセリフを言っているのかとボヤきたくなるし正直、殴りたくもなってくる。そんな事をするとそれこそ私は弟を甘やかしている親から目の敵にされてしまい、家族内での居場所を失ってしまう。

だがもし本気で就職の準備に取り組んでいるのなら、このくらいの制裁は乗り越えられるはずだ。しかしそういった強い気構えは全然感じられない。ただひたすら楽な仕事に就きたいとしか思えない。

そんな弟はCADオペレーターになりたいといっている。但し何故CADオペレーターになりたいのか深い理由は親も誰も知らない、ただひたすら弟が言うのは「求人数が多い」だの「金になる」などとうすっぺらい屁理屈ばかりだ。こんな気構えでは仮に仕事にありつけたとしてもたかが知れていると思わざる得ない。こうなったら親を落としてまでもニート支援施設に相談した方がいいのだろうか、親を落とすのは難攻不落だろうが弟の問題はそれ以上だ。本気で考える必要はあるだろう。

さて更新が途絶えている京都青春18きっぷの旅のレポートだが、おととい日曜日に少しアップしたがそれ以降の更新がはかどっていなくて本当に申し訳ない、早いうちに続きをアップ出来るよう努力するので今しばらく待っていて欲しい。

今日の横浜はまるで梅雨のような雨模様だ。弟のニート問題というけだるい課題を抱えながら雨と強い風の吹く中、私は今日も帰路につく。

200586_085 吉原駅へ停車中の岳南鉄道 2005年8月6日撮影

2006年9月25日 (月)

不測の事態、またも乗りきれず

ここ最近の当ブログは土日の更新が途絶えている事に気が付いている方はどのくらいいるだろうか、別にだらけている訳ではなくどうやらブログを更新するネタが思いつきやすい環境が仕事の行き帰りの車中のようだ。その証拠に平日になると更新の意欲は戻ってくるので当面はこうした平日をメインにした更新になるだろう。

そもそもこのブログのコンセプトは自閉症者の仕事をする上での問題点を当ブログを通して伝える事にあり仕事における問題点を広めるとなると、どうしても仕事の記憶が最も鮮明な平日という事になってしまう。という訳なので決して土日に更新をしたくないという事ではないのでご理解いただきたい。

そんな偉そうなセリフを言ってしまった今日は休み明けの影響ではないと自分自身では思っているのだが2週間前と同じミスをまたも犯してしまった。先方への連絡を怠ってしまった為、無駄足を使ってしまったのだ。

状況を説明すると、最近の恒例といっていいくらい毎日やっている仕事である稟議書を厚紙で新たに表紙を作って紐で閉じる作業だ。表紙を厚紙にする事によってクリヤーバインダーの購入費用を浮かせる作業だ。

私達の普段いるオフィスは4Fで閉じるための稟議書があるのは19Fにあるため、自分のデスクで取り掛かる事の出来る作業ではない。これだけオフィスが離れているのだから事前に先方に連絡を取ってから行く事が不可欠なのだ。

9月1日金曜日の二の舞にならないように今日も事前に連絡を取った。ところが先方から作業に使う場所が今、ミーティングで使っているので15分経ったら来て欲しいという返事だった。そして15分後に19階へ向かった。

ところがその19階の作業スペースはまだミーティング中で使用出来ない状態だった。5分ほど待ってみたが一向に空く気配はない。そのため止む無く引き返してしまう事になってしまい9月1日金曜日と同じく課長のお叱りを受けてしまったというわけだ。

こうして振り返ってみると防ぐためには15分経った時にも先方に電話をしておけばミーティングがまだ続いているから(19階へ)来るのはもうしばらく待って欲しいという事になり、こうした恥をかかなくて済むというのが自分でも分かるのだ。それでも実行出来なかったのはこれもやはり自閉症由の特徴にあると思わざる得ない。

最初に15分経ったら来て欲しいという言葉があったが、この15分後に来て欲しいという言葉をあまりにも真に受け止めてしまい、15分後は絶対に作業スペースが空くという風にその時の私は解釈してしまったのだ。

健常者なら冷静に物事をとらえる事が出来るため、前述のように15分後にも欠かさず先方に電話を入れる事が出来るのだから私のようなミスは健常者の視点から見て非常に稚拙なミスをする奴という目で自閉症者は見られてしまい、やがて村八分にされるなどいじめのはけ口にもなってしまうのだから厄介な問題である。今週末に自閉症者就労支援施設での就労状況報告の約束を入れてあるのでこの点について深く話し合ってみよう。

今日の横浜の天気はまずまずだったが明日、あさってとあまり天気は良くないようだ。一週間以上続くすかっとした青空というのが今年に入って本当に見た記憶がない。こうした好天、今年は訪れないのだろうか。

12_005 静岡鉄道長沼電車区 2005年10月12日撮影

2006年9月21日 (木)

さて昨晩の弟ときたら...

本題に入る前に昨晩のブログが何とも尻切れトンボな更新になってしまった事を改めてお詫びしたい。その戦犯はまたしても睡魔(弟)にある。

昨日帰宅してシャワーを浴び夕食を済ませて居間に私のPC(私のPCはノート型)を持ち込んでブログの更新をしていた。その時に外出していた弟が帰ってきたのだ!仕事もしていない状態なのにこの時間まで(夜9時頃)どこに行っていたのかをお袋が問いただすと、またも友達とファミレスへ行ってきたので夕飯はいらないとお袋に平然と告げているのだ。

無職で収入も無い状態なのに外食なんてするなとお袋が注意しても弟は

「別に高級レストランへ行ってきたわけではない、ファミレスなんて誰でも行く。外食してきたからと言って高い金を払ってきたかのように言われるのは迷惑だ」

と言い、お袋の心配など何処吹く風かのような言い回しだ。挙げ句のはて夕飯はいらないなんて言っておきながら突然、カップヌードルカレー味など食べ出すもはや傍若無人としかいいようのない行動。こんな行動を目のあたりにしてはいい気分のはずが無く、PCを2階の私の自室へ移動して再びブログの更新をしているうちに睡魔(弟)に襲われた、これが昨晩の真相の全てだ。

本当に弟はどうするつもりなのだろうか、今のこの状態で親がいなくなったら私が弟の面倒を見なくてはならないだろう。だからこそ親が健在の状況的には問題の無い状態の今だからこそ様々な手だてを打っていきたい、それなのにお袋にこの事を告げても

「もう少し待て」だの
「うちの弟を悪者にしようとしている」

などと言って責任逃れをしている。先日のニュースで小学生でも学校内での校内暴力が問題になっている事を触れていたが、まるでその暴力を振るう子供の親の無責任な対応ぶりを目のあたりにされている気分だ。

昨日のニュースは安倍総理大臣誕生の事で持ちきりだった。その安倍総理大臣の掲げる再チャレンジしやすい社会、この中にはニート支援対策も含まれていて弟も安倍総理大臣には期待を込めている事を言っていたが、いくら世間が良い対策を持ったとしても前述のようなやる気の無い態度を改めないとまた挫折の繰り返しだ。政策にばかり頼らないで自分自身で考えて行動するという事を覚えて欲しいものだ。

さて昨日は鉄道雑誌の一斉発売日だったが今回も私の興味を惹くような記事は見当たらなかったこれで2ヶ月連続で購入見送りだ。こうも購入見送りが続くとなると、もう読みたい記事を読み尽くしたと言った方がいいのだろうか、鉄道は本を読むより実際にのったり模型を作る方がいい、今の私はこんな状態なのだろう。まあ鉄道自体に飽きたという事では決してないのであまり深く考えないことにしよう。買わなかった分の金を他の事に回せばいいわけだし。

中途半端な更新になっていたブログも何とかアップする事が出来て肩の荷がようやく降りた気分だ。後は早く京都青春18きっぷの旅のブログの続きをアップするだけだ。これも早くやらないと。

02_167_1 小田急ロマンスカーの並び 小田急海老名車両基地イベント会場にて 2002年10月20日撮影

2006年9月20日 (水)

過剰なまでの学歴信仰

昨日のブログで触れた制裁の効果なのだが昨日帰宅後、お袋からちょっとした反応があったのでお知らせする。その中身とはやはりというべきか、弟自身はニートだから無視されているとは全く思っていなくて、最近弟と私の会話がないので私の仕事に不満があるのではと間違った憶測をたてているようだ。

この反応は無論、弟の口から聞いたのではなくお袋を通して昨日聞いた話なのでこれ以上の深い理由は知る術もないのだが怠惰な弟に愛想を尽かして無視されているという意識がない事だけは間違いないようだ。それにしてもこれほどまでに落ちぶれた弟にしてしまったのは親にも責任があると言わざる得ない。それが今日のブログのタイトルにもある過剰なまでの学歴信仰だ。

こんな今はニート状態の弟だが子供の頃は変な一人遊びをしたり自分で遊び友達を上手く作れないなどの私の自閉症の症状と似たような兆候はあったが私と今は独立した姉よりも勉強はよく出来て、学区内3番目の県立高校へも進む事が出来て、一浪と一年留年はしたものの大学も卒業した。

しかし自閉症のような発達障がいによる弊害は学歴に関わらず本人を襲うもので以前に当ブログでも触れたようにコミュニケーションの問題からいじめにも遭っていて気が弱く、いくら勉強が出来るといってもこれでいいのだろうかという不安を私自身は弟に対して抱いていた。

ところが親は違った。学区内3番目の高校へ進学して~

すいません、睡魔にまたしても負けてしまい更新が中途半端になってしまいました。現在は翌日21日午前7時15分、帰宅後必ずアップします。

時刻は21日木曜日午後10時36分、これよりブログを再開いたします。お騒がせして申し訳ありませんでした。それでは続きをご覧下さい。

~大学も出たのだから何とかなると言って学歴にばかり甘えていた。更に私がちょっとした兄弟喧嘩でも親が入り「弟の方が絶対に正しい!」とばかりに弟を甘やかしてきた。

幼い頃の私は劣等生で学区内最下位の県立高校へやっと入学出来たほどの頭だったのでその影響は特に顕著で、学区内最下位の高校にしか入れなかった事を当時の私は反省して、高校ではそれまでの劣等生ぶりを取り返すため勉強してかなりの成績を収める事が出来た。

しかし親は学区内最下位の高校ではどんなにいい成績をとってもしょうがないと言って頑張りを全く認めず、親の偏った学歴信仰を一層促進する事になってしまった。

しかしこうして時が経過すると今の時点に限っていえばどちらが勝ったのかは明らかだろう。頭脳では弟の圧勝かもしれないが弟は競争以前に仕事にさえ就けず、貯金を切り崩す生活だ。親も相変わらず学歴があれば何とかなるという考えを崩していないようだ。これは高学歴を収めた弟には徹底的に甘えさせてきた事に対するツケに他ならないだろう。こうなるとニート対策には親の意識改革も必要になるのか、しかし私の親に限って言えばそのような甲斐性があるようには到底見えない。何かいい知恵はないだろうか。

さて実は時刻はもう9月22日午前0時30分、更新するネタに詰まってこんな時間になってしまった。早く昨日9月21日木曜日の分のブログもアップして休みたいので今日のブログ、ここまでにする。

2005828300_021 小田急3000形 大和駅にて2005年8月28日撮影

2006年9月19日 (火)

愛のムチの効果は出ているのか?

3連休明けの横浜は朝から本当に久しぶりの快晴だ。連休もこの調子で好天なら昨日のブログでも触れたKATOのキハ82の撮影に当てるなり乗り潰しの旅に繰り出すなどが出来るというのに、今年の天気はどうしてこうも上手くいかないのだろうか。

さて弟に向けている愛のムチ、つまり完全無視の方だが残念ながら未だに効果は現れていない。それどころか最近は毎晩のように夜10時頃まで友達とファミレスで時間を潰しているようだ。弟も弟だがその友達もどうかしている。その弟の友達を私は見た事は無いし興味もないがどうやら弟も友達も集団でいればそのうち何とかなると思い込んでいるまるでホームレスのような甘い考えの持ち主なのだろう。

言葉が過ぎてしまったがこうした集団から出ない若者は決して特殊ではない、ごく当たり前の存在だ。どうしてこうも集団に固まってばかりで自主性が全くといっていいほど備わっていないのだろうか、私はその戦犯は学校教育にあると思わずにいられない。

日本の学校教育の現状は言うまでもなくみんなと同じ事をただひたすらやるだけ、その中の行動には時として間違えた事もあるのだが過剰と言っていいくらいに作用している集団条理、つまりみんなと同じ事から外れる、言い換えれば杓子定規から外れるといじめの対象になる。だからといってその杓子定規の体制を全うして学校を卒業したとしても集団から離れる術を全く知らない為、自主性が備わっていない、集団にいれば何とかなるという甘えた考えは自然に染み付いてしまう、これが私なりに考えたニートを大量生産してしまった要因だ。

こうしたニートの若者を支援する団体が最近テレビでも頻繁に紹介されておりそういったところで就職に向けた活動をして定職に就くことが出来たらそれに越したことは無いのだが私はそれ以上にこうしたニートを大量生産してしまった学校の先生達にこの現状を見せて教育現場の反省を促したいものだ。おたくの育てた生徒達は教育の甲斐無く、ニートという人生の路頭を彷徨っているよと言い、この現状をまざまざと見せつけてやりたい、もうこうでもしないと少なくとも弟は変わらないのだろうか。

辛い話になってしまったのでここで話を切り替えて2週間前の京都青春18きっぷの旅行のレポートの続きの更新が滞っていて本当に申し訳ない。いざブログに起こしてみると結構難しいもので時間ばかりが経過しているのが現状だ。この怠惰を今夜こそは改めて全てとはいかないかもしれないがアップ出来るようにしないと。

そう誓いつつ今私は仕事帰りの車中、帰ったら必ずアップしないと。

2005813_025 東武小泉線竜舞駅 2005年8月13日撮影

2006年9月18日 (月)

外出予定なくとも雨では困る理由

敬老の日をはさんだせっかくの3連休だというのに横浜の3連休の天気は期待外れ、九州の方を通過した台風の影響で横浜の3連休の天気は今日の午後にようやく晴れ間が見えただけでおとといはどんよりとした曇り空、昨日日曜日は曇りで午後は雨というあいにくの天気。こんな天気では外へ出ての行楽にはほど遠いのはもちろんなのだが家にいても雨天では出来ない事がある。鉄道模型の撮影だ。

私はこの3連休初日のおととい土曜日に喉から手が出るほど欲しかったモデルの一つ、KATOのキハ82の13輌セットを委託品ながらも幸運にも入手する事が出来て、その車輛の雄姿を撮影して当ブログにアップしたいのだが、こうした悪天候では外へ持ち出しての模型の撮影が出来ない。

鉄道模型というのは言うまでもなく被写体が非常に小さいため室内での撮影は私のような逆光についてもろくずっぽ知らないようなカメラ素人には難しい。対象物が小さい物の撮影には必要以上に照明による光をあてなくてはならない。無論ただ光を当てれば良い物ではなく光を当てる位置や特殊な撮影用のライトが必要になる。

しかしその撮影用のライトは2,000円以上はかかり私のようなわざわざ趣味の鉄道模型の撮影の為に2,000円以上も金をかけれないという人間のためにわざわざライトを買わなくても済む方法がある。それが被写体、つまり鉄道模型を外へ持ち出しての撮影だ。

外、つまり日光の光というのは普通に生活をしていてはピンとこないが部屋の電気とは比較にならないほどの光量があり撮影には適しているとされている。その事を私は本で読んでから外で撮影したいと思っていてもこの悪天候続き、せっかくKATOのキハ82という絶好の被写体を手に入れたというのに天気はいつ良くなるのだろうか。このまま今年2006年平成18年は悪天候にまみれた一年となってしまうのだろうか。

そんな今日は前述のKATOキハ82に装着するトレインマークとKATOお得意のASSEYパーツの電気機関車EF58上越形用ボディーを購入する。EF58も大好きな電気機関車の一つで様々なバリエーションが存在するのだが、その中で上越型は私の知る限り特徴的な備品が目立つ。例えばツララ折りやスノープロー、そして汽笛カバーなどだ。今回購入したASSEYパーツはつらら折りのみ装着のボディーだが残りの備品は銀河モデルあたりを物色して装着しようと思っている。

結局この3連休は悪天候の影響もありぐうたらでいささか消化不良の連休となってしまった。その分を今週末の土日連休で取り返したいものだ。

02_154 583系寝台特急「はくつる」(現在は廃止) 上野駅にて2002年8月16日撮影

2006年9月14日 (木)

仕事するに当たり一抹の問題点

京都青春18切符旅行報告のブログに関してアップするにはしたが予想以上に内容の濃い物のため、いつものブログの更新のようにたった1日の構想では全てをお伝えするのは難しいため、止む無く中編・後編に分ける事を視野に入れて続きを今夜にもアップ出来ればと思っている。続編をお待ちの方はもう少し待っていて欲しい。

仕事をするに当たっての一抹の問題点、一体何の事なのか、これはある同僚の事なのだがその同僚が着ている服は洗濯をしていないのかいつ近付いても臭いがひどくて私もみんなも困っているのだ。

その同僚は身体には障がいは無く知的或いは精神障がいの身分で外見上はいつもニヤけた顔をしている事以外は健常者と変わらないのだが、会話がいつも画一的な会話しか出来ない上、いわゆるカタログ的な知識を豊富に持っているという自閉症者に頻繁に見られる特徴を持っている。

例えば毎朝の朝礼では社長や部長など仕事とは直接関わりのない人達が来社するかどうかを必ず話してくるなど機械的な会話になっており会話の最初は必ず「よろしいでしょうか」で始まり「以上です」で終わる。おまけにその声も声の大小の調整が出来ないのかひときわ声が大きく響く。

また昼休みなどの合間には意味不明な会話を空念仏のように相手に振ってくるので私は何とかはぐらかしているのだが彼には相手の感情の読み取りも出来ないのだろう、こうしたはぐらかした行動にも何とも感じる事なく去っていきまた別の人に空念仏の会話をしている。

それにしても何故服を変えないのだろうか、私が思うのは自閉症者独特のこだわりによる行動にあるのではと感じている。自閉症者には一つの物事に異常に固執する傾向がよく見られ、例えばテレビ番組も決められた時間のある番組を見る事を忠実に守り、途中でチャンネルを変えようものなら物を投げつけるなどパニックを引き起こす場合もある。また着ている服に関しても、特定の柄の入った服以外は着ようとはせずそれこそ服が汚れても着続ける自閉症者も確かに存在する。

対策としてはその自閉症者の気に入ったその特定の服を複数揃える事だろう、無理矢理に別の服を着せようとしてもかえってパニックを引き起こす要因になるので絶対に避けるように、力づくなどもっての他だ。

ところで何故この同僚について触れたのか、実は先日当ブログでお伝えした残業許可証の発送業務の引継ぎなのだがその引継ぎの相手が彼だからだ。引継ぎなのだから当然彼と頻繁にやりとりをしなくてはならず、臭いをこらえながらやらなくてはならないので大変だった。彼は以前にもこの服の件を同僚から言われたのだがその時の彼の反応は

「はい!気をつけます!」

と元気のある返事はしてくるのだが実行した試しはない。

気になるのは彼の家族の反応だ。障がい者を抱えて大変なのはよく分かるがせめて服に関しては対策を講じてくれないものだろうか、彼の家族構成は分からないがせめて服は社会人らしく清楚な服装で臨んで欲しい。

このブログ、当初昨日13日水曜日にアップしたのだがそう、睡魔(弟)の為、翌日つまり今日14日木曜日のブログとしてアップする。混乱を招いた事をお詫びして今日のブログ、ここまでにさせていただきます。

02_063 JR石勝線追分駅 2002年6月29日撮影

2006年9月12日 (火)

報告かまけた2006 年夏旅行報告

昨日のブログで今夜(11日月曜日の晩の事)必ず旅行報告をすると偉そうな事を言っておきながら旅行報告はアップされず、なぜか昨日11日の出来事が先にアップされてしまい(このブログの最終更新は今朝12日(火)午前7時50分)面食らった者もいるだろう。そう、犯人は睡魔(弟)だ。

先日の当ブログでも言った通り、ニート状態の弟が居間に居座ってしまた為、睡魔防止になっている居間でのPCを使ってのブログのアップが出来なかったため止む無く自室でPCをやっていて睡魔に襲われたというわけだ。今朝も私が仕事に行く準備に追われている時に突然シャワーを浴びると言い出し、お袋にシャワーの準備をさせて特別の用事もないのにシャワーを浴びている始末。こんな時間(今朝午前7時50分)にシャワーを浴びているのは重役出勤のろくでもない会社幹部だけだ。

まあ仕事によってはフレックス制の導入に伴い、こんな時間にシャワーを浴びていても余裕で出勤出来るシフトを組んでいる会社もあるだろう。しかし弟の場合は無論それには当てはまらない、ひたすら親が障がいに理解を得るのを待っているだけで弟自身で行動を起こそうとはしない、こういう状況を見ればそれは言うまでもないが。

私の弟に対する制裁の完全無視、まだ開始して日がそれほど経過していないので弟自身はまだ私から無視されているという自覚はまだ無いのだが間違いなくこの私の制裁の意味、気付く時が来るだろう、そう確信している。1日も早く目を覚まして欲しいものだ。そうでないとストレスはたまる一方だ。

懸案の昨日から新たに加わった仕事だが、今日が初めての残業許可証の発送の日でありかなりの量の残業許可証に面食らい、締切時間までに発送出来るか不安だったが締切には間に合わせる事が出来、仕事帰りのこの車中ほっとしているところだ。当初は不安ばかりがつきまとったものだがやはり案ずるより生むが易し、まずはやってみる事だ。あれこれ考えるよりまず行動だ。これが今後においても重要だ。

さてもっとメッセージをお届けしたいのだがこの辺にしておかないと旅行報告のブログの編集が大変になってしまう。今夜こそ睡魔(弟)に負けないように旅行報告のブログ、アップ出来るようにしないと。そんな訳で今日のブログ、ここまでにする。

追伸 9月9日土曜日に「2006年夏京都青春18きっぷの旅 前編」をアップしました。時間のある方はご覧下さい。

2006年9月11日 (月)

成果いま一つの2006 年夏の青春18きっぷの旅

石山坂本線・京津線、そして梅小路蒸気機関車館と回った今年2006年夏の青春18切符の旅を終えて2日が経過した。旅行の疲れにかまけてブログへの旅行の詳細レポートが遅れてしまっていて申し訳ない、今日の帰宅後に必ずアップします。

旅行から帰ってきた翌日、つまり昨日10日日曜日は午前中は部屋に掃除機をかけて昼食をはさんで午後は久々に鉄道模型店回りをしてきた。目的はレンタルレイアウトで走らせたい車両を購入するためだ。レンタルレイアウトというのは、自宅に鉄道模型を走らせるレイアウトを作って車両を走らせたい、しかし作る手間がかかるだのレイアウトを作るスペースがない、それでもレイアウトで思いっきり好きな車両を走らせたいという人のために料金を払う事によってレイアウトに車両を走らせる事が出来るという店が最近増えている。

私は横浜に住んでいるが横浜にも何軒か存在し以前から行って車両を走らせてみたいと思っていたが、手持ちの未完成のグリーンマックスの車両を完成させてから行きたいという妙な意地が生じてしまい今まで行っていなかった。しかしグリーンマックスの車両を完成させてから行くというあまりにも高いハードルを自分で作ってしまったため逆に車両を作る気力が失せてしまい、未だに一両も完成させていない。

これではいかんと感じ、とりあえず一編成分は鉄道模型店で売られている車両を購入し、それを走らせる、そしてレンタルレイアウトの店の店長やスタッフ、常連客と親しくなり情報交換をする事により手持ちの未完成のグリーンマックス車両を組み立てる意欲を回復させる。更に自閉症についても理解を求めていく、こうしていこうと思っている。昨日はその欲しい一編成分の車両は見つからなかったが手に入れてレンタルレイアウト店に行き、上記のようになる事を独り密かに期待している。

さておととい土曜日の旅行の総括なのだが残念ながら成果今一つの旅行としか言いようが無い。詳細は今夜にもアップするが、まず計画を練る期間があまりにも短すぎた。ムーンライトながらは沼津までしか座る事が出来ず、止む無く静岡でながらを乗り捨ててまんが喫茶で夜明かしをする事になった事、携帯電話のバッテリーの消耗が予想以上に早く、写メールに思ったよりたくさんの写真を撮影する事が出来なかった事、後になって分かったが行程を工夫すれば名古屋から関西本線にも乗れたのに事前の計画性の甘さから乗るチャンスを結果的に逸してしまった事など反省点ばかり目立つ旅行になってしまった。

成果は京阪石山坂本線が良かった事ぐらいだったし。今回の旅行、自己採点するなら40点だ。これで石山坂本線のように素晴らしい路線がなければ30点以下の赤点という事だ。いくらいきあたりばったりの旅行を謳い文句にしている青春18きっぷとはいえ、やはり事前の計画を立てていかないと今回のように損をしてしまう、勉強と反省点にまみれた2006年夏の青春18きっぷの旅だった。

週明け最初の月曜日、仕事の方はこれまでとやり方の変わる仕事が出てきてしまい、今日一日の殆どを新しいやり方の飲み込みに費やす事になってしまった。そのやり方の変わる仕事というのは以前にも当ブログで触れた残業許可証の仕事だ。この残業許可証の仕事が私のほぼ毎日やる定期業務である事は以前にも触れたが、この残業許可証の仕事は今までは部所毎の残業時間をPCに入力するだけだったが、今度はそれに加えてPCに入力して総務へ返却して社長印の押された残業許可証を各部所へ返送する仕事が新たに加わる事になった。

この返送の仕事は別の同僚がやっていたのだがその同僚が人手不足の部所の仕事を手伝いに行く事になり、その分を私がやるようになったというわけだ。こうして内容を説明すると簡単そうに感じるかもしれないが実は煩雑で難しい、ただ部所に送ればいいのではなく、部所によっては送り先が変わる部所があったりPCの方にも新たに追加しなくてはならない項目が増えてしまい、どれから先にやったらいいのか分からない、つまり私の障がい自閉症の特徴である優先順位がつけられない為、それに伴いいわゆるケアレスミスが頻発する状況になってしまった。

久々に自分の障がいと深く向き合わなくてはならない状況が到来したと感じている。またも私がお世話になっている自閉症者就労支援施設に相談する必要がありそうだ。対策を立てないと。

今は仕事の帰りの車中、いつになく疲れた月曜日だった気がする。旅行疲れではない、仕事によるものが間違いなく大きい。旅行による浮かれ気分から仕事の方に考えを切り替えていかないと。

2006年9月 9日 (土)

2006年夏京都青春18きっぷの旅 第3弾

20069918_020 石山寺駅から写真の707形に乗ってやってきたのは浜大津駅。ここは分岐駅になっておりここから比叡山方面を目指す坂本方面と京津線を経由して地下鉄に潜り京都市内へ出る路線に別れる駅だ。更にこの先は関東の江ノ電の江の島~腰越駅間を彷彿させる併用軌道になっておりこの旅のハイライトの一つだ。

20069918_021 これが浜大津駅ホームより見た併用軌道区間だ。駅から出て併用軌道の模様を詳細に撮影したかったが、するとその分時間のロスになってしまうため止む無くこういった写真しか提供できなかった。やはり併用軌道は上手く時間をやりくりして外観を撮影しないと駄目だ。この旅の失策を早くも作ってしまった。併用軌道区間を乗った感想に移ると、意外とスピードがあるのには驚いた。江ノ電の併用軌道区間のようにのそりのそりと走るのをイメージしていたがこの京津線は時速50キロ近くはあるだろうか、そのぐらいスピードがあった。他人毎ながら危なくないだろうか。

20069918_030 併用軌道の京津線と京都市営地下鉄を乗り継いでやってきたのは京都駅。ここへ来るのは2002年6月以来4年振りだ。あの時と変わらぬ近未来を意識した大ターミナル駅だ。何年か前にこの京都駅駅舎が完成した時に京都の美観を損ねているという批判があったのを覚えているが私が見る限り、京都の顔の一つとしてなじんできたのではと思うのだが地元の人はどう思っているのだろうか。この京都から目指すのは梅小路蒸気機関車館だ。

2006年夏京都青春18きっぷの旅 前編

お待たせいたしました。9月9日土曜日に行ってきた青春18きっぷの旅の模様をアップします。今年は京都へ行ってきました。まずは今回の旅行のルートを紹介いたします。

横浜 0:11発~快速ムーンライトながら(東海道本線)2:26 静岡(まんが喫茶泊) 6:05発~こだま595(東海道新幹線)7:39 米原 7:49発~新快速(東海道本線)~石山 8:28着~(徒歩)8:38 京阪石山 8:41発~(石山坂本線)8:45 石山寺 8:55発~(石山坂本線)9:12 浜大津 9:23発~(京津線・京都市交通局東西線)9:48 京都市役所前 9:53発~(京都市交通局東西線)9:54 烏丸御池 10:02発~(烏丸線)~京都 10:07着~(徒歩)10:35 京都駅前 10:36発~(京都市バス)~バス停梅小路公園 10:43着~(徒歩)10:49 梅小路蒸気機関車館 11:23発~(徒歩)11:32 バス停梅小路公園 11:33発~(京都市バス)11:43 京都駅前 13:16発~新快速(琵琶湖線、列車遅延)13:46 野洲 13:56発~新快速(琵琶湖線、列車遅延)14:20 米原 14:43発~(東海道本線)15:16 大垣 15:25発~特別快速(東海道本線)16:44 豊橋 17:06発~こだま544(東海道新幹線)18:42 小田原 18:48発~(東海道本線で帰宅)

20069918_001 写真は静岡駅を出発する快速「ムーンライトながら」

横浜からながらへ乗れたのはいいが、混雑のため指定席券は小田原までしか取る事が出来ず小田原以降についてはお客さんが乗ってきたら席を譲り自由席へ移って欲しいという何とも非情な宣告をみどりの窓口で受けてきて乗り込んだ訳だが、沼津からお客さんが乗ってきてしまい席からの退去を余儀なくされてしまった。

しかも自由席まで立ち客であふれていて座る事などとても出来ない。仕方ないので静岡でながらを乗り捨てて静岡駅近くのまんが喫茶で夜明かしをして静岡駅朝一番の新幹線で移動する事にした。やはり指定席は目的地の駅まで確保出来るように早いうちに確保する事、早くも思い知らされる。

20069918_002 米原駅を出発する300系新幹線こだま595号

静岡駅朝一番の新幹線に乗り向かったのが米原、ここから新快速に乗り途中、京阪石山坂本線などを乗り継いで京都へ向かう予定だ。関西は新快速を始めと魅力的な電車か数多く走っている。これも併走する私鉄とのサービス合戦による賜物だろう。

20069918_004 関空特急「はるか」米原駅

目的の新快速が通過待ちで出迎えたのは関空特急「はるか」。好天の手伝ってかまばゆく写っている。関西空港もまだ行ったことがなくいつか行ってこの「はるか」に乗ったり南海の「ラビード」も撮影したい。空港だから飛行機を使う分時間の節約になり週末にも行くのは可能だから本格的に計画を立ててみる余地はあるだろう。

うーむここまでアップしてみたが予想以上に濃い内容なので中編、後編に分ける事も視野にいれて今日はここまでにする。続きをお楽しみに。

2006年夏京都青春18きっぷの旅 中編

9月9日土曜日の京都青春18きっぷの旅の報告の続編です。

20069918_003 米原駅で切り離し作業を行おうとしている新快速223系1000番台。この米原駅を境にして西側が都市圏のためこの米原駅で増結・切り離し作業が頻繁に行われている。関西への最初に踏み入れた米原駅で早速新快速の切り離しという貴重なシーンが見られて幸先の良いスタートだ。

20069918_009 米原から新快速に乗ってやってきたのは京阪石山駅だ。JR石山駅と隣接しているこの京阪石山駅を走っている石山坂本線が今回の旅行の目的の一つだからだ。この石山坂本線は関東の江ノ電のように地上の普通の線路を走ったと思ったら、突然併用軌道に出てしかも途中の支線を乗り継げば地下鉄にも乗り入れるという一粒で二度ならぬ三度おいしいという何ともたまらない路線だ。乗るのが楽しみだ。

20069918_014 これば石山坂本線を走っている京阪600形だ。この濃厚な緑と黄緑のカラーリングがまるで江ノ電のようで神奈川県出身の私にとって親しみを感じる色だ。ちなみにこの写真は併用軌道のように見えるが、ここは京阪石山駅手前の踏切だ。併用軌道はもっと先に行った浜大津駅付近で見られる。

20069918_017 京阪石山駅から2駅乗ったところにある終着駅の石山寺駅だ。周囲は森と大きな道路に囲まれとても静かだ。駅前にはシャッターのおりた小さな商店が一軒あるのみでコンビニは見当たらない。ホームは1面2線で2両分の長さのホームだ(石山坂本線を走る電車は全て2両編成)。ここからもう一度電車に乗りさっきの京阪石山駅を過ぎて浜大津から京都を目指す。

2006年9月 8日 (金)

昨今の睡魔と切り離せぬ弟との関係

何故こうも二晩連続で睡魔に連敗なのか、その理由については私の場合、弟の問題抜きには語る事は出来ない。その詳細をお話します。

最近は仕事を終えて帰宅して風呂に入ったり食事を終えてPCのある2階の自分の部屋に行くとすぐに睡魔に襲われるというのは以前にも当ブログで触れたが、その対策としてPCは自分の部屋のある2階ではなくて食事を終えた1階の居間でPCをやるようになってから(私のPCはノートパソコンで無線LAN完備)は睡魔に襲われる事は激減して当ブログの更新もスムーズに進んでいた。

しかし最近になって前にもお話したニート状態の弟が私が食事を終えてPCに向かっている夜9時ごろという食事時を終えた時間になって昼寝を終えて1階へ降りてきて弟が食事しながら無職の状態なのに危機意識も全く無く、ひたすら趣味の話ばかりしてくる。

それだけではない、先週土曜日の休日には近所の目があるというお袋の注意を全く聞き入れず「天気がいいから散歩に行く」と言い、勝手に散歩に行きだす始末。お袋が無職の状態の弟が近所をほっつき歩いたら恥ずかしいと注意しているのに弟は「自分は準ニートだ、働く意志が自分にはあるのに仕事に就けないのは自分のせいではない」と罪悪感など微塵も感じられない事を言い、無職である事を責任転嫁している。

そんな弟と一緒にいる事自体が一つ屋根の下とはいえ恥ずかしくなってきて、弟と顔を合わせるのを避ける為、PCの入力は2階の自分の部屋でやる事にした。だから睡魔に襲われる日々が続いているのだ。

この弟の状態をお袋に話しても「もう少し待って」と言うばかり、もう少し待てと言っても弟はもう31歳、待つ猶予など全く無い年なのにこんな事を言うばかり。更に私がお袋に強く迫ろうものなら私のあら探しを突然やり出して弟の問題を棚に上げてくる、もう呆れて物も言えない、今の私は発狂寸前の状態と言ってもいいかもしれない。

こんないい加減な状態が全然止まらないので私は弟が定職に就くまでは口を利くのを止める事に決めた。弟を完全無視、最終手段だったがここまで来てしまってはもう仕方がない。弟はこの卑劣な手段を卑屈に受け止めるのではなく、人生の再出発のためのムチであると是が非でも理解して欲しいものだ。奮起を切望する。

こんな辛い状況では今日せっかく手に入ったムーンライト系の夜行鈍行の指定席券による青春18きっぷの旅も気休めにもならないかもしれない。かといって旅行を取り止めるつもりはないが旅行から帰ってきて少しは弟、変わるだろうか。この状態では期待薄だが。

まあ愚痴ばかりにんあってしまいせっかくの青春18きっぷの旅についていろいろ語りたかったのだが以上の事情につき、とても語る心境になれない。旅先からのアップも含めて後日必ず詳細を報告するのでそれまで待っていて欲しい。

それでは旅行の準備があるので今日のブログ、ここまでにする。

_087 長野電鉄OS11系(さよなら木島線号) 長野電鉄木島線木島駅(現在は廃線)にて2002年3月31日撮影

2006年9月 6日 (水)

当面の毎週火曜日の事情

昨日のブログが中途半端な内容になっているが内容の通り、専門学校でのホームページ作成講座の面談が長引いてしまい帰宅が遅くなりPCに向かう事が出来なかった。その点をお詫びするのと同時に今後のこのホームページ作成講座の日は帰宅が遅くなる関係上、今回のようにブログメッセージは出先からの携帯から送信の500文字のメッセージを更新してから翌日以降に続きのメッセージを更新するという方法をとらせてもらう。物足りないメッセージの日が毎週数日続く事になりお見苦しいかもしれないがこの事情をご理解の上ご了承下さい。その分、必ず魅力的なホームページを作って見せる、そのつもりだ。

そんな偉そうな事を言っていたのに続きのメッセージの更新が9月7日木曜日になってしまった。先日もお知らせした厚紙ファイルの作成作業がまだまだたくさんあり、家に帰るともう疲労のピークに達していた。その為昨日はとうとう睡魔に襲われてしまい続きのメッセージ更新は今日木曜日になってしまった。

そういえばこの家に帰宅後の疲労対策がおざなりになっている。1回分の青春18きっぷの旅行プランの計画やら母校の専門学校でのホームページ作成講座にかかりっきりになってしまい、おろそかになってしまった。しかもムーンライト系の夜行鈍行の座席を確保しようと職場近くの駅のみどりの窓口へ連日通いキャンセルが出るのを期待しているが連日連敗、こうなったら旅行は青春18きっぷと新幹線を併用した旅行にしようかというプランが頭の片隅にちらついている。ここまで来てしまったら新幹線との併用も真剣に考えないと。

実はこのブログ、最終更新は9月8日金曜日午前7時15分、そうまたも睡魔に寄りきられた結果になってしまった。何故2日続けてこうなったのか、詳しい事情を今夜のブログで必ず今度こそは睡魔に負けずお話するのでそれを待っていて欲しい。

それでは出勤時間が迫っているのでこれで失礼する。

02_060 特急「まりも」 石勝線追分駅にて2002年6月29日撮影

2006年9月 5日 (火)

踏み出した一歩を無駄にしないためにも

今私は卒業した専門学校でのホームページ作成講座の入学相談並びに面談を終えた車中だ。心境としては、大きな胸元のつっかえが取れた心境、難しい表現になるが無の心境といった方がいいかもしれない。

私が専門学校を卒業したのは12年前の94年(平成6年)、あの時以来会う先生は変わりなく元気で嬉しかった。先生も同様で面談中に懐かしさの余り、わざわざ歴代の卒業生名簿まで持ってきてかつてのクラスメートの話に花を咲かせた。講座の詳細について説明を受けてから本題の私の障がい、自閉症についてお話した。どういう反応をされるのか私自身当初から不安だったが先生は私の話を理解してくれた。

この私の障がい、自閉症が生まれつきの発達障がいで12年前に専門学校で学んでいた時にも自閉症の特性である相手の気持ちや場の空気を察する事が出来ない、会話のキャッチボールが成り立たない、人と上手く親しくなれないなど12年前に学んでいた時にも現れていた私の思いつく限りの自閉症による苦しみや生きづらさもお話した。

先生の反応はやはりと言うべきか

「健常者と何ら変わりなく見えた」

先生を責めるのでは無いのだがこうしていくら自閉症の特性を説明しても外見上は健常者同様でこうした自閉症の特性であるいわゆる言葉のあやというべきだろうか、こうした事はよほど記憶力のある人か或いは勘の鋭い人でない限り時間が経過すると忘れてしまう。この点が自閉症の厄介なところで世間から誤解を受ける要因になっている。しかし先生は特にわだかまり無く理解してくれてホームページ作成講座の入学も許可してくれた。この点、大きな一歩前進と言えよう。

ところで肝心の授業なのだが、この講座はまだ生徒が2人ほどしか集まっておらず、すぐに授業が開始出来る状態ではない為、授業の担当の先生には別の予定を入れてしまったらしく、今日開始予定だった授業は延期という事になった。だが学校側は授業開校に積極的な回答を私に示してくださり、これから担当の先生と日程調整を行い数日のうちに詳細をEメールでお知らせするという事で決着し学校を後にした。

それにしても授業はすぐに受ける事は出来なかったとは言え、予想以上に和やかに話が進んで本当に良かった。この世間的にまだ深く知られていない自閉症、この言葉が出てきただけで受け身にとらえられて拒絶反応を示されて人間関係が壊れるという事態も十分ありうる事なのに、何のわだかまり無く受け入れてくれた。自閉症という事で色メガネで見られる事を終始恐れていた中でこの成果、授業開校に楽しみを抱かせる先生との再会にもなり本当に良かった。後はこの踏み出した大きな一歩を断じて無駄にする事なく、素晴らしいホームページを作るのみだ。

今日のこの日が自閉症の理解に向けた人生における一つの到達点になる事を願ってやまない。そんな期待をこめつつ今日のブログ、ここまでにする。

20051231_039 常磐線E501系 上野駅にて2005年12月25日撮影

2006年9月 4日 (月)

1回分の青春18 切符の旅はいつ?

久しぶりの好天だった昨日おとといの週末、本当はこの週末を利用して先日の当ブログで紹介した1回分の青春18切符を使ってどこかへ行きたかったのだが、ムーンライト系の夜行の切符がとれなかった為旅行は無理だった。

先日の当ブログではムーンライト系の夜行が満席でも土曜日の朝一番の電車で旅行に行くと言ったがそれも無理だった。何故ならやはり先日お知らせした私が卒業した専門学校で行われるホームページ作成講座の面談がいつ入るか読めない情勢になってしまったのでやむなく青春18切符の旅行は次の週末に延期した。

そういえば更に来週末には敬老の日をはさんだ3連休が控えている。テツの勘の良い読者ならもうお気づきだろう。JR東日本発行の3連休パスの発売日だ。

3連休パスとはJR東日本が発行しているトクトク切符の一つで、今回の敬老の日のように土日祝の3連休にはJR東日本の全エリアに加えて、青函トンネル海峡線を超えた函館までのエリアが新幹線を含めた全ての特急から鈍行まで28,000円で3連休乗り放題という何とも大盤振る舞いな切符だ。

おまけに4回に限り、指定席券の予約も追加料金無しで取る事も出来る有難い切符だ。更に私はまだ買った事はないがもう一回り割り増しの料金でグリーン車の予約も出来る3連休パスもある。知らなかった方は是非利用をお勧めする。

さて仕事の方は特に危なげ無く終える事が出来た。今度は先週のようなヘマをしないようにしないと。仕事を終えると私の頭の中はホームページ作成講座の事でいっぱいだ。大まかなホームページの形は思いついてはいるが、それをいかに万人に分かるようにするか、そこが重要だ。無論その前に面談の席でこの私のホームページ作成にかける熱意を分かりやすく伝わるようにしないと。そしてこの講座に通い、仕事以外の楽しみをつかむ事により、うつ病克服の一助になる事を願ってやまない。

今日の横浜は午前中は天気が良かったが午後になって雲が出てくるあいにくの天気になってしまった。何とか明日は雨が降らない事を願いたいものだ。

20051128700_039 京浜急行739形(さよなら700形記念車両) 京急川崎駅手前踏切にて2005年11月28日撮影

2006年9月 1日 (金)

何故時間があるのに旅立たない?

最近の週末は結構暇で家にいる事が多い。そんな家にいる暇があるなら何故旅に行かないのだろうか、いや行けないのだろうか。それは天気のせいだ。

今年の梅雨はとにかく長く7月の終りになってようやく梅雨明けになる始末、しかし晴れ間も長持ちせず、8月に入りすぐに残暑突入、会社の夏休み期間中の8月第2週は前半は天気が良かったが後半はさっぱり。その後は平日は天気の良い日もあったが何故か週末は優れない日が多い気がする。いくら暇があっても天気が優れないとあっては興ざめ、だから旅立てないのだ。

せっかくうつ病が治ったというのに天気は私の旅立ちたい思いに応えてはくれない。間もなく秋晴れの季節に突入する。今年の夏は天気は不発のようだ。また最近当ブログではうつ病など様々な問題があり鉄道について深く触れていない日々が続いていたので今日は久々に鉄道について深く触れてみよう。

毎月発売される鉄道雑誌、最近は鉄道雑誌を読むいわゆる「読みテツ」にも飽きてきて毎月必ず買っている鉄道雑誌、とうとう今月は1冊も購入しなかったのだがそんな中にも毎月飽きる事なく読んでいるあるマンガがある。小学館発行の月刊マンガ雑誌「IKKI」にて連載中のマンガ「鉄子の旅(著者 菊池直恵・横見浩彦)」だ。

このマンガは日本全国のJR・私鉄の全駅9645駅に乗り降りした鉄道趣味の達人横見浩彦氏と鉄道には全く興味のない女性マンガ家菊池直恵氏が毎回様々な鉄道を紹介するというもので単行本も5巻まで発売されている。雑誌内でもかなりの人気らしく芸能人がゲストとして登場する事もある楽しいマンガだ。

だがこの作品、現在発売されている今月号を含めてあと3回で連載の終了が発表された。この「鉄子の旅」、ずっと以前から知っていて当ブログでもいつか紹介したいと思っていたのだが様々な事情で取り上げる機会がなかった。まさか当ブログでの最初の「鉄子の旅」の紹介が連載終了の知らせになってしまうとは、残念だが5年も続いた連載、お疲れ様と言いたいのと同時にいつか別の機会でこの作品にお目にかかりたいものだ。

今夜1日の深夜にテレビ朝日の番組「タモリ倶楽部」で鉄道の特集が放送される。新聞の番組欄によると鉄道のマージャンと書かれていた。タモリも鉄道好きで有名でこの「タモリ倶楽部」でも時折、鉄道特集が組まれる。果たして今夜はどんな内容なのだろうか。

昼間の仕事ではちょっとしたミスを犯してしまった。先方に電話連絡をせずに行ってしまい、時間を大幅にログしてしまったのだ。その仕事は先日にも当ブログで触れた厚紙によるファイル作成だ。この仕事は特に急いでいる仕事ではなく、他に仕事が入ってしまったら、その仕事を優先しても構わないという仕事だった。

当日の詳しいいきさつを説明すると、今日1日の午前中いっぱいは急ぎの仕事が入ってしまった為、前述の通り急ぎの仕事優先で午前中はその急ぎの仕事に専念し午前中には終える事が出来て午後になったら早速、厚紙ファイル作成に行こうと思い正午から午後1時まで昼休みをとった。

昼休みが明けてすぐに我々の職場のある4階から厚紙ファイル作成の仕事をやっている19階へ行った。ところが担当者が今日に限り午後1時から午後2時まで遅めの昼休みをとっており会う事が出来なかったので仕方なく持ち場の4階へ戻り別の仕事をしていた。そして午後2時になりもう一度19階へ向かったが、担当者は午後3時ごろまで外出していると言われてしまい、無駄足と無駄な時間を浪費してしまう結果になってしまった。

持ち場の4階へ戻り課長から注意されてしまった。19階へ向かう前に電話連絡をする事、そうしないと今回のように大幅な時間のロスになる事、そして1日の仕事の工程の組み方がバラバラになってしまう事、完全に私のミスだ。何故事前に電話をするという当たり前の事を怠ってしまったのか。原因はたくさんある。

この厚紙ファイル作成の仕事、前述の通り緊急性はない。だが緊急性こそ無いのだが以前お伝えしたようにかなりの量と手間がかかる仕事だ。だからこそ少しでも時間が出来たら厚紙ファイル作成をやりたいと思いながら昨日と今日の午前中、別の急ぎの仕事をやっていた。今考えればこうした少しでも早くこのファイル作成を終わらせたいという焦りと感覚の鈍りが招いたのかもしれない。

感覚の鈍りというのは、この厚紙ファイル作成の仕事最近特に多く、この仕事をやる場所のある19階へ頻繁に行く日々が続いていたので段々と事前に電話を入れるという感覚が鈍ってしまったのではと思っている。いくら頻繁に会っている相手とは言え親しき仲にも礼儀ありではないが事前に電話を入れるのは世間の常識、それさえ事前にしておけば予め今日は担当者は昼休みを遅めに取っている、その後も外出でいないという情報をキャッチする事は十分に可能で、この件を課長へ事前に知らせる事によってこの事実に合わせた1日の仕事の工程を組んでもらえて時間を無駄にする事は未然に防げたのだ。障がいは言い訳にならない、社会人の当たり前のマナー、今日の恥を忘れる事なく頭に叩き込んでおかないと。

そんな反省しきりの私を慰めてくれたのか、雨模様だった空模様は雨は止み明日土曜日は快晴になるという天気予報も聞いた。だとしたら好天の明日の週末、一体何をやろう。そう考えながら自宅への帰路につく。

_016 横浜行きの東急8032系 東急東横線東白楽駅にて2004年1月31日撮影

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